思った事

4人の子供の育児、末っ子の自閉症スペクトラムと向き合って生きていく自分の心情と、子供達とのドタバタな日常をつずっていきます。

対立・・・

前回アイデンティティーについての記事をかきました。


今度は、対立について書かせてください。


イジメる人間は自分がない人間だとお話ししました。
そして、いじめなど人間関係で悩んでしまう人は「対立」が苦手な人だといいます。


「対立なんてしたい人はいないよね。」と思う人はたくさんいると事でしょう。私もそう思います。ですが、対立は人間関係を築くためには必要な事なのです。


生まれも違えば考え方も違って当たり前なのに、意見の違いで対立を避けてしまうのは「不信の人間関係の中で育った人」ということになるのです。



対立が怖いのです。



不信の中で育った人は人が怖くて対立ができないといいます。その結果日々怒りを蓄積していくのです。それ故にそんな中で育った人は意志を強く持てません。アイデンティティーが形成できない人がいるのはこの「不審の人間関係」の中で育ったためです。


皆さんの育成環境はどうですか?・・・この「不信な人間関係」の形成はないですか?仲間外れとか、責任追及の捌け口とか・・・・


悪いことはできないもので、人を信用するという行為は、誰でも肌で感じ取っているんです。そういった不信の環境の中で育った子供は人間不信を肌で感じ取っているがゆえに対立が苦手になってしまうといいます。


虐めが起きた時に「やり返せばいい」と簡単に思う人はいるでしょう。ですが、やり返せない人の周囲には大人な人間関係が存在していないで育っています。やり返そうと思っても、それは「小さな子供が大きな大人に喧嘩を吹っ掛ける」程難しい行為なのです。


大人というものは「アイデンティティーの形成」ができて初めて大人と言えるということだと、つくづく思ってしまいます。




モラルについてどう思いますか?


著しいモラルの低下は不穏な環境を作る結果となります。このモラルのかけた人たちが作る社会の行き着く先にはモラルハザードという社会環境を招く恐れもあります。もちろん、元々モラルが低いのでそれを作っておいて彼等は責任など負えません。


パンドラの箱のお話をご存知ですか?パンドラの箱の中には疫病や、お化け、悪い心などいっぱい詰まっていました。それを開けてはいけないと言われた主人公は興味本位にパンドラの箱を開けてしまいます。すると今まで幸せだった国が疫病や強盗が蔓延して衰退してしまう。というお話です。


パンドラの箱の中身は「人間の悪い側面」だと思うんです。いわゆる「人を殺したい」と思う気持ちがあっても殺される人の環境や辛さを考えたら「殺したらいけない」と普通の人は踏みとどまります。人間も動物ですから本性の中には攻撃性や自己中心性はあるでしょう。



ですが、それにしっかり「蓋をして鍵をかける」、これが育ってきた環境が役割を果たすと思いませんか?そしてそれを開けない心の強さと周囲の環境を持つことがとても大事だと思います。


最近は、どうしても大人が少ないと思ってしまう私です。自分も人のことは言えませんが
モラルについては気を付けているつもりです。



私は「子供のころの幼児的要求をしっかりかなえてやる」ということが「パンドラの鍵」の役割だと思ってしまうんです。


わたしの子供に対しての行為が周囲からは「おばあさんみたい」と言われてしまいます。まっ、外見がそうなのかもしれませんが・・・(一一")
ですが、カッコつけや親としてのプライドより、要求することの大切さやかなえてあげる事の大切さが親子としての信頼関係の形成の第一歩だと私は思ってしまうんです。子供のころの幼児的万能感を満たしてあげる、感じることは後々の人生でとても大事なことになると私は信じています。