思った事

4人の子供の育児、末っ子の自閉症スペクトラムと向き合って生きていく自分の心情と、子供達とのドタバタな日常をつずっていきます。

コンプレックス

"プロメテウスコンプレックス"


親の神経症的傾向が強いと子供は親に逆らうことを許されない。親の神経症的傾向と、子供の服従心は比例する。


この服従心を克服するには子供は物凄い「罪悪感と恐怖感」を体験する。挫折してしまうとやがて、プロメテウスコンプレックスとして症状が表れる。





子供は親とは違う生き物です。性格も、容姿も、考え方も。
例えば、泥んこ遊びは、子供にとって楽しいものでも親にとっては汚いものと思うかもしれない。


逆に、親は泥んこ遊びが好ましいと思っていても、子供は泥んこ遊びが好きではないかもしれない。


やはり考え方は、親子でも違うこともあります。


心理的健康な親は子供と自分が違う考えの生き物だと分離して考えることができる。ですが、神経症的傾向強いの親は「子供の考えと自分の考えが同じでなければならない」と考える。


それはなぜか・・・・・子供の服従心が挫折した親の心を癒しているからです。



子供が泥んこ遊びが嫌いでも、神経症的傾向の強い親が泥んこ遊びが好ましいと思っていれば「泥んこ遊びはするべきもの」になってしまうのです。


神経症的傾向の強い親は「何かをするべき」の「べきの暴君」に苦しむと言われています。


精神分析に「内的強制の外化」と言われる心理現象があります。自分の「するべき」が他人に対しても強制として表れる事ですが、これが神経症的傾向の強い親だと子供に対して特に現れるのです。




それだけ子供に対して「母親」「父親」としての影響力を与えることが自分を立派と感じる手段の一つだからです。




子供はいつか自立していかなければなりません。
自分で決めた道を自分で歩いていかなければなりません。


そこには、大きな犬もいるかもしれません。
危険なな場所もあるかもしれません。
転ぶことだってあるかもしれません。


それでも、自立という目的に向かって逞しく歩かなければならないのです。


それが、「生きている証」だからです。



プロメテウスコンプレックスは「親に逆らうことの罪悪感や恐怖感」から生まれるといいます。親が癒されるために、子供が自分の感情を押し殺し、やがては自己の要求と親への罪悪感にさいなまれてしまうのです。




自分の人間としてのありのままの感情に苦しむのです。





立派じゃなくていい、男らしく、女らしくなくていい・・・・自分のために生きていいんだ。「生きている証」をいっぱい探そう!人生はとても楽しいものなんだよ。


辛いことも、楽しいこともいっぱいあるけど、それもひっくるめて、「人生は全部あなたのもの」だ。