思った事

4人の子供の育児、末っ子の自閉症スペクトラムと向き合って生きていく自分の心情と、子供達とのドタバタな日常をつずっていきます。

当たれるものは必要ですか?

「姉者として当たれるものが必要よ!」




私の周囲の人間の放った言葉です。




どういうことかとゆうと、「私達、姉さん者は、八つ当たりする対象が必要です。」という意味の言葉です。


八つ当たりをする対象・・・・つまり感情のはけ口なわけです。


わざと、いたぶる対象を作るんです。




私は、仕事で60年前位のイギリスで起こった「メアリーベル事件」という11歳の少女が5歳の男の子を殺害してしまう事件を題材にした記事を書いたことがあります。


それは無残な事件でしたが、一つその事件のことで強く思ったことは、母親も含めパワーゲーム思考の大人達が、思う通りにいかない順位競争のはけ口を、弱者に(子供に)求めてしまった結末の事件だと思うのです。


11歳の女の子からしてみたら5歳の男の子は自分よりもパワーの弱い弱者です。普段の母親からの仕打ちを自分よりもパワーの低い弱者で憂さを晴らす・・・・。まさにパワーゲーム思考は反社会的人格者を成長させる原因として充分な思考だと思います。



私の周囲の人間の「姉ものとして、当たれるものが必要よ!」と言い放ったその言葉が、メアリーベル事件の思考回路とおんなじだと、私は、どうしても思うんです。



大人は八つ当たりをしないと生きていけないのでしょうか?


位が高い?人は八つ当たりをしていいのでしょうか?


位が低い?人は生き地獄のような八つ当たりを受けなければならないのでしょうか?



すべてをひっくるめて、自分の感情のコントロールを自分でできる人が大人というのでしょうが・・・大人とは限りなく数が少ないような気がします。



当たれるものは必要ないんです。世の中には・・・大人を逃げるな。